ルールをつくらないルール

最近のじじっかのこと

「靴は並べましょう」

「大事なものは持って来ないようにしよう」

「お友達とは仲良くしよう」


人々が集まる施設等に
よく掲げられている言葉だと思う。

この“お約束”や“ルール”が
大人にも子どもにも
施設の使い方を認識させ
成長への手助けとなる。


わたし達、じじっかが
それら“お約束”や“ルール”を
つくらない理由。

それは、
「こども達が大人になって

問題が起こった時に、

ルールをつくることでの

解決法を選択してほしくないから」

この発想には、
様々な方々からご指摘受けることに
なるかと思う。

わたし達が、ルールをつくることにより
危ないなと思うことは、

「しちゃいけないからしない」

「したいけど、ダメだから出来ない」

伝え方が「ルールは守ってね!」という

意味不明なコミュニケーションが生まれるから。


人の顔が違うように
共に同じ場に存在すれば
起こる問題も全く違う。

「物がなくなった」という
同じような問題が起こっても
その「背景」は全く違う。


しかし、目まぐるしく問題は起こる。

「じじっかにもう来たくない」

「あの人に、こう言われた」

「うちの子は、悪くない」

「あの人の気持ちも考えてあげて」

そんな言葉が行き交うような
人と人との関係性を元に起こる問題が
当たり前に起こる。


そんな時に
出てくる発想が

「ルールが必要」
「ルールって言葉がダメならお約束は?」

「ルールがないと、こども達が自由になりすぎていざこざが起きる」


ひとつひとつ、
起きた物事に対して
「対話をする」という
ある意味でのルールを
行なってきた。


人が増えれば増えるほど
「対話時間」は増えている。

対話することで
様々な経験へと紐付いてきている反面、
対話を武器にしている場面。
対話が理由となっている場面。
対話の義務感が否めない場面。

などが、現れてきた。


もうひとつ
必要だ。

ルールをつくらないルールで
血縁のない大家族をつくるために

「対話」以外の「何か」が
必要な時期に来た。


まだ答えは見つかっていない。

多分、
そのルールは
「人の喜び」にヒントがあると
感じでいる。

umau.

福岡県久留米市にある 【実家よりも実家ーじじっかー】を拠点とし、 母子家庭の発想から生み出す小さな事業 ーSingleMothersPresentsBusinessー の展開をしている会社。

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